高橋酒造しろ(2012〜2016年)

『酒は文化』、高橋酒造5代目社長・高橋光宏氏による半生と企業活動を振り返る著書のタイトルだ。世が世なら、サントリーの「十八番」だったその言葉を掲げるのが、創業110年になる熊本の一酒造メーカーというのがおもしろい。佐治敬三氏がそうであったように、高橋社長も大の広告好き。いや、その時々で社長が気になったクリエイターと一緒に広告を作ることがお好きだったのかもしれない。

クリエイティブディレクターの副田高行さんにお話をいただいたのは、2011年だったか。以来、2016年にかけて全5作のCMを企画・演出させていただいたのが、米焼酎「しろ」のコマーシャルだ。高橋社長からの依頼は、「毎日の食事、特に和食に合うことを訴求して欲しい」というものだった。焼酎と言えば芋や麦が馴染み深いが、米を原材料とする「しろ」は飽きのこない口当たりの良さが特徴的だ。

何回かのミーティングを経て、副田さんと掲げたコンセプトは「スーパーノーマル」。日々、丁寧に暮らす人、ありふれた食を大切にする人、そしてそれに寄り添う「和食に合う米焼酎・しろ」を描こうというものだった。ノーマルであたりまえの暮らし。それに、あえてスーパーとつけてみる。つまり、「超普通」。

しかし、企画当初から、ぼくと副田さんにはコンセプト以前に大切にしたいものがあった。「シンプルにしよう」「ガチャガチャしたCMにはしない」と何度も話に出たし、そもそもぼくに副田さんが仕事を依頼してくれた時点で、目指すゴールはなんとなくわかる。「ほら、今村君がサン・アド時代にとらばーゆでやったような、あの感じ…」。詳しい話は割愛するが、ストーリー性を排してほぼワンカットで描く、「空気感のある動くポスター」とでも言えばいいか。副田さんと仕事をするときはしばしばその話が出るのだけれど、なにしろその「とらばーゆ」は30年以上前の、ぼくのデビュー作とも言うべき仕事だから、進歩がないのかな?とか、あれを超える仕事ができていないのだろうか?と、いくらか複雑な気持ちになる。

全5作は、鰹節・秋刀魚(2012年)、おつかれさま・いただきます(2014年)、お豆腐(2016年)と続いた。タレントはミムラさん。音楽は「鰹節・秋刀魚」が大竹しのぶさんの歌(作詞・阿木燿子/作曲・川原伸司)、「おつかれさま・いただきます・お豆腐」が前川清さんの歌(作詞・荒木とよひさ/作曲・谷本新)、いずれもCMのための書き下ろし曲である。

この「書き下ろし」であることが重要で、どんなテーマで、どんな世界観や曲調であって欲しいかを、ディレクターであるぼくが音楽プロデューサーを介して、直接作詞家と作曲家に発注するからブレがない。

この「お豆腐」篇は、全5作のうちの5作目ということになるが、音楽が変わっても、制作年が異なっても、CMの雰囲気は1作目からほとんど変わっていない。そう、その「雰囲気」こそ、このCMのいのち。ぼくはそれを「トーン」と呼びたい。

しかし、その「トーン」については、いわゆる広告(マーケやコミュニケーション)のセオリーにはなく、数多あるアイデア本を読んでも出てこない。10年に及んだ教員生活では、学生にはさんざん「ターゲット」だの「コンセプト」が大切であると教え、「企画とは言葉である」とさえ言い、CMではいわゆる起承転結と予定調和こそ表現の敵だと伝えてきた。起承転結の先の「驚き」と、予定調和ではない「裏切り」こそ、大切なのだと。しかし、実は、CMづくりでぼくがもっとも大切にしているのは、この「トーン」である。言葉が生まれる以前の、雰囲気とか調子としか言いようのない、ぼんやりと表現を包み込む何か。それこそが、人の気持ちを開く鍵なのではないか?ずっとそれを大切にして仕事をしてきたし、副田さんが「今村君がサン・アド時代にとらばーゆでやったような、あの感じ」と言ったその仕事こそ、ぼくが自分の「トーン」をつかんだ最初の仕事ではなかったか? 極論すれば、企画やプレゼンテーションは、演出を自分の領域(トーン)に持ち込むための戦略であり、得体の知れないそれを、ただの独りよがりにせずコミュニケーションや広告としてアウトプットするための手続きである。それを感覚的につかんだ時に、ぼくはようやくひとりのCMディレクターとしてデビューできたような気がしている。

しかし、その「トーン」を大切にして、企画から完成まで通せたことは、長いCMディレクターの経歴のなかでも数えるほどしかない。トーンとは、もしかしたら「その人、そのもの」でしかなく、クライアントの理解を得る(企画を通す)には、何よりもまず信頼関係が不可欠だ。「今回はこのクリエイティブチームに任せてみよう」という信念(時には諦観)がクライアントのトップになければ、およそ成立しない何か、ではないか。80年代のサントリーの広告や、高橋酒造のいくつかのCMには「クライアントとクリエイターの幸福な関係」というものが根底にあって、それは元を正せば「酒は文化だ」とか「広告は文化だ」というトップの懐の深さによるものではないだろうか。

高橋酒造しろ「鰹節・秋刀魚」2012年

高橋酒造しろ「いただきます・おつかれさま」2014年

高橋酒造しろ「お豆腐」2016年

2021.10.05